好きなメニュー、得意なメニューは色々聞かれれば即答えられたのが人前科。小学生3時代からハイスクールまで忠告表面で「5」を下ったことがなかった。
何で、人前科がそれだけ得意になったかと言えば父兄に買ってもらった百科事典の誘惑だと当てはまる。
その百科事典は当時流行っていた百科事典の中ではわりとわかりやすいもので、気に入って良く眺めていたのが「日本の地理」「日本のキャリア」だった。
それほど日本の地理は大好きで暇さえあれば飽きもせずとことん見ていたものだ。当時の県庁アドレスの呼称や人口、その県の特産モノ或いは著名な山の呼称や高さなど滅多にスラスラ言えるほどになっていた。
それからは人前科だけは誰にも取りこぼしたくないと見なし、試しではぜんぜん90職場以上で課程では「人前科のやま氏」のニックネームで通っていた。全体の点数で言えば算数が歩きを引っ張っていて課程の合間だったけれど。
何かに興味を持つが得意になる糸口ですと痛感させられた最初のトライだったという。http://www.tea-express.jp/